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東京高等裁判所 昭和50年(ラ)777号 決定 1976年5月19日

抗告人 甲野二郎

相手方 甲野太郎

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

審案するに、本件に対する当裁判所の認定判断は、以下に付加するほか、原審判理由の説示するとおりである。

本件記録によれば、

(一)  抗告人は五三才で、身体(足)障害その他が原因でこれといった職業歴もなく、現に無職、無収入であるが、原審判理由判示の遺産分割調停(昭和四〇年一月一二日成立)で得た土地約三〇〇平方メートルの上に相手方に建ててもらった家に一人で居住し、妻子もなく、右調停条項所定の相手方からの分割支払金月額五、〇〇〇円(総額一一〇万円、昭和五七年一一月まで)及び右調停で得た他の土地(畑)一筆を数年前五〇〇万円で売却した代金の貯えなどで生活していること、現在の経済状態は的確にはわからないがすでに貯えもかなり消費して生活程度は相当低いこと、ただ生活保護は一時受けたことがあったが、現在は右資産のゆえに打ち切られていること、

(二)  一方相手方は抗告人の兄で六一才であるが、小農家の長男であって、前記調停において、亡父の遺産たる農地の大部分(横浜市の抗告人住所地付近所在)を取得したものの、その後間もなく抗告人や他の弟妹に黙って、右土地のほとんどを売却し、現住所の千葉県君津市に土地を求めて移住してしまい、抗告人ら弟妹の非難を受けていること、現在は現住所に妻、長男夫婦及び孫と居住し、コンクリート建材業兼農業を営み、その年間収入は昭和四九年度で六〇万円程度であるが、資産は横浜市に残存する一部の土地のほか、君津市に買い替えた田畑、山林、宅地が四、八〇〇平方メートル以上あること、そしてその生活の内容および態度は堅実であること、

(三)  前記調停においては、相手方は抗告人に対し前記一一〇万円の分割金を支払うほかに、抗告人の身体状況にかんがみ、同人の日常生活につき可能な限り援助する旨が定められたが、右援助の条項は元来具体性を欠くためかえってその後当事者間の紛争の種となり、これまで特に履行されたものはないこと、殊に相手方が千葉県に移住したのちは、抗告人は相手方がその履行を全く拒否したと考えていること、しかし相手方としては、その家族の意向もあって十分なことはできないとしつつも、抗告人に対する援助につきそれなりの考えをもち、横浜に残存する一部の土地(抗告人住所の隣地)の贈与、一時金の支払、毎月の支払金の贈額、抗告人の引取りなど、種々の提案をこれまで抗告人にしたけれども、抗告人はすべてこれを拒否し、実質上前記調停条項の修正ともいうべき高額の要求を続けていること、

以上の事実が認められる。

以上認定のところからみて、抗告人、相手方間の生活状況やその格差、抗告人の将来がきわめて不安定であることを考えると、過去のいきさつを一応不問に付し、当事者間になんらかの経済的調整をしてしかるべきものと考えられないでもない。しかし、兄弟間の扶養義務の目的が生活の格差是正にあるのではないことはいうまでもなく、あくまで生活困窮の場合における補完としての援助の性質のものであるから、現段階においては、抗告人としても、なお残された人生をできるかぎり親族扶養に頼ることなく独自の努力で生きることを考えるべきであるし、また相手方が前記のとおりある程度の援助を申し出ているのであるから、話合いによって援助が受けられないことはないはずである(前記調停の援助条項はこれを意味すると解される。)。したがって、現段階において、抗告人が相手方から審判によって扶養を受けなければならない必要に迫られているとはいえない。そしてまた、前記遺産分割の修正を実質上の目的として援助を求めることがもはや扶養の申立とはいえないことは、原審判判示のとおりである。

他に原審判取消の事由となる違法は認められない。

よって、本件抗告は理由がないから、これを棄却すべきものとし、抗告費用は敗訴の抗告人の負担として、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 瀬戸正二 裁判官 小堀勇 青山達)

<以下省略>

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